泣きっ面に蜂が刺し、笑う門には福来る


by jastur
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2004年 09月 20日 ( 2 )

ずいぶん昔の話ですが、学級崩壊という言葉が生まれました。

いったい、どこから崩壊したのか?

先日ある知り合いの教師からこんな話を聞きました。

子供が始めて小学校に入るというので、若い母親たちは期待に胸をふくらませて行く。ところが、母親の一人はふと不安になったと言ってきた。

三十人の父母が集まった。先生がやってきた。さて、これからお宅のお子さんたちを預かります、と色んな話をするうんですが、周囲を見ると、母親たちはだれも聞いてないんですね。

携帯電話はするわ、知り合い同士でぺちゃくちゃ話をしだすは、挙句は大声で笑い出す母親までいる。

まじめに話を聞いているのはほんの少しで、ほとんどの人は先生の話などきいちゃいない。

「学級崩壊は子供だけでなく、母親もそうでした」と言ってましたよ。


しかしながら、これよりも先に始まっていた崩壊があります。

子供は学級崩壊、母親も社会的常識の欠如。そして、父親は家にいても存在感希薄で不在同然。これで教育がよくなるわけがありません。

でわ、教育のプロともいうべき教師の状況はどうかといういと、これがさらに絶望的といいたくなる・・・

某大学の講義室で、高校や中学校の先生たちの研修が行われたときのこと。

ある教授が
「びっくりした」
「もう勘弁してほしいと思った」といってます。

彼らは、自腹ではなく官費で来ているせいか? まったく講義を受ける姿勢がなっていない。講義中に勝手にぞろぞろ出て行って運動場でタバコを吸ったり、自動販売機の缶コーヒーはそこら中に散らかしたまま掃除はしない。

さすがに何人かの教授が起こって

「君たちは、いちおう教師なんだろう? それで生徒をおしえられるのか!!」と怒鳴ったとのこと。

これは、十年以上前のことですが、学級崩壊は教師から始まっていたようです。

本当に絶望とも言うべき、子供たちにはかわいそうな状況ばかりですがまったく光が無いわけではありません。

この辺りは、また次回。
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by jastur | 2004-09-20 08:50 | つぶやき
少し前の話になりますが、中央教育審議会が答申を出したことがあります。

その内容は、
「子供の教育や人格形成に、最終的な責任を負うのは家庭である。」というもの。

ですが、こんなことはとうの昔に判っていることじゃないですか?
世界のどの国に言ったって当たり前のことだと思います。

いまさら、あらためて中央教育審議会なんていうところで時間をかけて検討して、答申として出すしろものではないのではないでしょうか?

でわ、なぜこんな答申が出たのか?

家庭と学校で責任のなすり合いをしているからですね。
ある意味、悲しく、情けないことです。

また、最近では
「教育を家庭に変えそう」とう風潮が出ています。

しかし、ちょっと考えてみてください。
その家庭教育ができない家庭が増えていませんか?
特に、核家族化が進み、挙句に共働き。

いったいだれが、家庭で教育するというのか?
どこまでいっても、???がついてしまう・・・
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by jastur | 2004-09-20 08:35 | 社会